
『定額制夫のこづかい万歳』で、今や「1円の重みを噛みしめる聖人」としてカルト的な人気を誇る吉本浩二氏。そんな彼が、かつて「自分を磨いて好きな子に告白する」という、あまりにも純粋で、あまりにも昭和的な動機で日本一周に旅立った記録。それが『日本をゆっくり走ってみたよ』です。
正直に言いましょう。バイク乗りにとって、これほど「痛痒い」作品は他にありません。
『日本をゆっくり走ってみたよ』:バイクで日本一周しても、人間の中身はそう簡単に「劇変」しないという真実。

「日本を一周すれば、強い男になれる」 ……そんな、2026年の冷めたAIですら「論理的根拠がありません」と即答しそうな幻想を抱き、吉本氏は愛車とともに走り出します。
「自分探し」という名の、最も過酷な一人相撲
バイク乗りの多くは、旅に出る理由を「絶景」や「自由」に求めます。しかし吉本氏の動機は、ひたすら内向的で個人的な「告白の勇気」です。 北は北海道から南は沖縄まで、日本中の絶景を背景に繰り広げられるのは、「あの子が好きだ、でも怖い」という脳内会議の延々としたリピート。
絶景を前にしても、結局は自分の情けなさと向き合わざるを得ない。この「逃げ場のない孤独」の描写こそ、実は日本一周ツーリングの最もリアルな一面だったりします。
磁石のように「クセの強い人」を吸い寄せる、吉本氏の天賦の才
吉本氏の漫画の真骨頂は、出会う人々の描き方にあります。 旅先で出会う人々は、決して「導いてくれる賢者」ばかりではありません。むしろ、面倒で、図々しくて、でもどこか憎めない「クセの強い」隣人たち。
そんな人々と接し、振り回される中で、彼は「強い男」になるどころか、「ダメな自分を愛でてくれる他者の存在」に気づいていきます。皮肉なことに、自分を磨こうと必死になればなるほど、彼の「隙だらけの人間味」が露わになっていく過程は、もはや喜劇です。
「続・僕、吉本浩二!!」:旅の成果は、意外な形で結実する
今回の合本版には、なんとご夫人との馴れ初めを描いた特典が収録されています。 「強い男になって告白する」と意気込んだ日本一周の結末がどうなったのか。そして、今の『こづかい万歳』に至る幸せな(?)家庭生活へとどう繋がっていくのか。
結局、バイク旅で得られるのは「強さ」ではなく、「どんなに情けなくても、腹は減るし、明日は来る」という、図太い諦念だったのかもしれません。
結論:この漫画は、すべての「踏み出せない男たち」への鎮魂歌だ
『日本をゆっくり走ってみたよ』合本版。 これは、格好いいツーリングマニュアルではありません。むしろ、「バイクに乗ったところで、人生の悩みは1ミリも解決しない。でも、走っている間だけは、その悩みと一緒にどこまでも行ける」ことを教えてくれる、泥臭い賛歌です。
読み終えた後、あなたは「自分も旅に出れば変われるかも」という幻想を捨て、同時に「でも、ちょっとどこかへ走りに行こうかな」という、穏やかな前向きさを手に入れるでしょう。

