
『ゆるキャン△』で日本中に「冬のキャンプ場で震えながらカップ麺を啜るのが至高」という、ある種の集団催眠をかけた あfろ 氏。
その彼が次に放った『mono』は、さらにタチが悪い。キャンプだけでは飽き足らず、今度は「アクションカム、360度カメラ、ドローン、そして……バイク(原付二種)」という、大人の財布を最短距離で破壊するガジェットの数々を女子高生に持たせたのだから。
『mono』:大人の「週末」をハックする、あfろ氏の恐るべき新兵器(カメラとバイク)。
『ゆるキャン△』がアウトドアへの入り口だったとしたら、この『mono』は、その先にある「記録とガジェットという名の沼」への直通階段だ。
「シネフォト部」という名の、物欲正当化組織
写真部と映画研究会が合併した「シネフォト部」。 彼女たちがやっていることは、もはや部活動ではない。「いかに最新デバイスを駆使して、週末を最高に『映える』形で切り取るか」という、極めて現代的で、極めて金のかかる遊びのシミュレーションだ。
360度カメラで自分たちを俯瞰し、アクションカムをバイクにマウントする。 「スマホで十分じゃない?」というAI的な正論を、彼女たちは「圧倒的な画角と体験」という暴力的なまでのワクワク感で踏み潰していく。
ヤマハブルーの誘惑:カブとは違う、スクーターの機動力

特筆すべきは、主人公たちが駆る「ヤマハ・トリシティ」や「ブルーのスクーター」の存在感だ。 『スーパーカブ』が「孤独と自立」なら、『mono』のバイクは「遊びを最大化するための機材」だ。
山梨の起伏に富んだ地形を、重いカメラ機材を積んでトコトコと走る。 その姿を見せられたら、これまで「大型バイクこそ正義」と信じて疑わなかった我々のような化石ライダーも、「……増車、しちゃおうかな」と、禁断の呪文を唱え始めることになる。
「聖地巡礼編」という、確信犯的なメタ展開

この1巻の白眉は、あfろ氏自らが描いた『ゆるキャン△』の舞台を、自らの新キャラクターに巡礼させるという、凄まじいメタ構造にある。
自分の作品でブームを起こし、別の作品のキャラクターにその場所を訪れさせ、「あ、ここ漫画で見た場所だ!」と言わせる。 これはもう、一人の漫画家の頭脳が生み出した「観光産業の永久機関」だ。私たちはただ、その掌の上で、Amazonの「注文を確定する」ボタンを押し続けるしかない。
結論:この漫画を読み終えた時、あなたのAmazon履歴は「注文済み」で埋まる
『mono』第1巻。 これは、今週末を「ただの休み」から「コンテンツ制作の冒険」に変えるためのマニュアルだ。
「女子高生がキャッキャしているだけの漫画だろ?」 そう高を括っているあなた。読み終える頃には、GoProの最新モデルを検索し、パニアケースの容量を計算している自分に気づくだろう。
