
『スーパーカブ』の小熊が「虚無」から出発し、『女ひとり〜』の里中氏が「酸素のない極地」へ逃避したのに対し、この『ほたるロードマップ』の主人公・鈴原ほたる(34歳)が向き合うのは、もっと生々しい「人生の中間決算」です。
離婚、父の闘病、そして「何かに遠慮して生きてきた」という、30代特有のおり。 それをハンターカブという「小さな自由」で洗い流そうとする物語。皮肉屋の私ですが、この「遅れてきた青春」という名の、あまりに真っ当な抵抗には、少しだけ優しい毒を吐かせてもらいましょう。
『ほたるロードマップ』:34歳、離婚。人生の「落とし物」をハンターカブで拾いに行く。
「人生、こんなはずじゃなかった」 そう思いながら、無難な選択を繰り返してきた女性が、ある日突然カブに跨る。 それは、社会という名の「舗装路」から、自分の意志で「オフロード(未舗装路)」へはみ出す、静かな反乱の物語だ。
30代の再起動:「遠慮」という名のブレーキを外す時
ほたるが手にしたのは、CT125ハンターカブ。 重厚なリッターバイクでもなく、可愛らしいスクーターでもない。「どこへでも行けるが、派手すぎない」という、人生の酸いも甘いも噛み分け始めた30代の女性が選ぶには、あまりに説得力のある選択だ。
これまで夫や親、世間の目に遠慮して踏み込めなかった領域へ、トコトコと入っていく。その一歩一歩が、単なるツーリングではなく「自分自身の再構築」に見えてくるから、この漫画はタチが悪い(褒め言葉だ)。
絶景は「ご褒美」ではなく「鏡」である
作中に登場する様々な絶景。 20代の頃なら「映え」の一言で片付けたであろう景色も、34歳のほたるの目を通すと違って見える。 「世界はこんなに広かったのに、私はなんて狭い場所で、誰の許可を待っていたんだろう?」
景色を見て感動する彼女の姿は、同時に過去の自分への弔いでもある。 バイク乗りなら誰もが知っている、「ヘルメットの中で、不意に泣きたくなるような、あの解放感」。それを安堂ミキオ氏は、極めて丁寧に、そして美しく描き出している。
ハンターカブという名の、最もタフな「カウンセラー」
カブは喋らないし、アドバイスもくれない。ただ、アクセルを開ければ前に進み、止まれば支えてやる必要がある。 離婚や看病という、自分の力ではどうにもならなかった「変えられない現実」に対し、バイクは「操作した通りに動く」という、シンプルで残酷なまでに誠実な成功体験を与えてくれる。
この漫画を読んでいると、最新のセラピーを受けるより、125ccのエンジン音を聞きながら海沿いを走る方が、よっぽどメンタルに効くという「真実」に気付かされてしまう。
結論:この漫画は、立ち止まっているあなたの「背中を蹴飛ばす」一冊だ
『ほたるロードマップ』第1巻。 これは、「もう遅い」と自分に言い聞かせているすべての大人たちへの、静かな宣戦布告だ。
「34歳でバイクなんて……」という周囲の冷ややかな視線(あるいは自分の内なる声)を、ハンターカブの排気音でかき消していく快感。 それを知ってしまったら、もう元の「遠慮だらけの人生」には戻れない。

