
著者の鈴木秀吉氏といえば、バイクを美少女に擬人化して「菌」をばら撒いた(!)前作があまりに有名ですが、本作は打って変わって、泥臭いまでの「人間ドラマ」に全振りしています。
舞台は2000年頃、就職氷河期。 「将来への不安」と「行き場のない熱量」が交差する時代の空気を吸いながら、なぜかスズキの不人気中古車を掴まされる女子大生。
これは「キラキラしたバイクライフ」へのアンチテーゼであり、「不器用な人間が、不器用な機械に救われる」という、最もスズキらしい救済の物語です。
『馬場郁子がこよなくバイクを愛す理由』:就職難の女子大生が、なぜ「不人気なスズキ」に魂を売ったのか。
「就職が決まらない」という、人生の出口が見えないどん詰まりの状況。 普通なら自己啓発本でも手に取るところですが、主人公馬場郁子はあろうことか、中古のバイクを買ってしまいます。それも、あえての「スズキ車」。このチョイスだけで、彼女の人生が「平坦ではないこと」が確定します。
2000年という「閉塞感」をバイクで突き破る快感
バブルが弾け、新卒が次々と不採用通知(お祈りメール以前の「紙」の絶望)を受け取っていた時代。 「社会に必要とされていない」という孤独感。それを埋めたのは、意識高い系のセミナーではなく、ガソリンを食って爆音を上げる、時代遅れで不人気な中古バイクでした。
社会の歯車になれない少女が、「自分の意志で操れる機械」を手に入れる。このカタルシスは、2026年の現代で「タイパ」や「コスパ」に追われる私たちが忘れてしまった、生存本能に近い何かを呼び覚まします。
徹底的な「スズキ愛」という名のこだわり
本作の登場車種は、清々しいほどにスズキ車ばかり。 それも、王道の人気車だけでなく、少しクセのあるモデルたちが、馬場郁子の「不採用続きの日常」に寄り添います。
「おバイクが人に似ている」というエピソードがありますが、まさにその通り。 どこか不器用で、個性的すぎて、万人受けはしない。けれど、一度ハマれば抜け出せない。そんなスズキ車のキャラクターと、就職活動に苦戦する郁子の姿が重なる時、読者は「効率的な生き方だけが正解じゃない」という、救いのような皮肉を感じるはずです。
擬人化を脱ぎ捨てた、鈴木秀吉氏の「本気」
前作までの擬人化というフィルターを外し、生身の人間が鉄の塊に跨り、教習所に通い、過信してコケる。 その描写は、驚くほどリアルで、そして痛い。 「ハヤブサ」を愛するキャラクターや、友情パワーなど、バイク乗りなら誰もが通る「熱」が、冷めた時代背景と見事なコントラストを描いています。
結論:この漫画は「選ばれなかった人」への応援歌だ
『馬場郁子がこよなくバイクを愛す理由』第1巻。 これは、最短距離で成功したい人のための本ではありません。 むしろ、「遠回りし、不人気なものを選び、それでも自分の『好き』を貫きたい」と願う、すべてのあまのじゃくたちのための聖書です。
「バイクなんてただの鉄くずだろ?」 そう笑う面接官を尻目に、アクセルを開けて走り去る。そんな郁子の姿に、あなたはかつての(あるいは今の)自分を投影せずにはいられないでしょう。

