『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』が教える、悩む余裕すら奪われる「標高4500mのセラピー」

『日本をゆっくり走ってみたよ』の吉本氏が、国内で「あの子に告白する勇気」を求めて悶々としていたのに対し、こちらはさらに過酷です。

舞台はインド、標高4500mオーバーのヒマラヤ。「有用でなければ生きていけない」という、現代社会の呪いに中てられた30代女性が、酸素の薄い極地でロイヤルエンフィールドを駆る――。

これは「自分探し」という名の、最も贅沢で、最も命知らずな「究極のデトックス(物理)」の記録です。

『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』:酸素がなければ、悩む余裕すら奪われるという福音。

「ラダックに行けば、何かが変わるかも」 そんな希望を抱いて旅立つ主人公。だが、待っていたのは高山病と腹痛、そして整備不良のロイヤルエンフィールドという、インドの洗礼(フルコース)だ。

メンタル不調vs高山病:心より先に「体」が悲鳴を上げる悦び

東京で「有用であらねば」と自分を追い詰めていた心が、ラダックに到着した瞬間に霧散する。なぜなら、標高4500mの世界では、「息をする」という極めて単純なタスクをこなすだけで精一杯だからだ。

悩みとは、ある意味で「酸素と平穏」があるからこそ成立する贅沢品。 本書が描くのは、高山病の苦しみの前で、それまで抱えていた「社会的な悩み」がいかにちっぽけなものに成り下がるかという、過激なまでの現実逃避(あるいは現実直面)のプロセスだ。

ロイヤルエンフィールド:鉄の塊と対話する「強制的な現在」

彼女が駆るのは、ヒマラヤの代名詞ロイヤルエンフィールド。 最新の電子制御もなければ、いつ止まるかもわからないアナログな鉄の馬。

砂利道でハンドルを取られ、断崖絶壁の道で心臓をバクつかせる。そのとき、彼女の脳内を占めるのは「今後のキャリア」ではなく、「このコーナーをどう曲がるか」「このエンジンをどう回し続けるか」という、極限の「今」だ。 これこそが、バイク旅という名の、最も有効なマインドフルネスではないか。

「ワンマン夏休み」という名の、孤独な完全燃焼

女ひとり、1ヶ月の夏休み。 現地動画レポートや実用情報まで網羅された本書は、単なるエッセイを超えて、「社会復帰のためのサバイバルガイド」の様相を呈している。 天空の湖を目指して走り続けた彼女が見た景色は、東京のオフィスで見るディスプレイの光とは、解像度も、重みも、あまりに違いすぎる。

結論:この本は、あなたの「言い訳」を殺しにくる

『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』 これを読み終えた後、「忙しいから」「自信がないから」という言葉は、ヒマラヤの砂嵐の中に消えていく。

「自分を取り戻したい」と願うなら、セラピーを受けるより、いっそ酸素の薄い場所でバイクを蹴り上げた方が早い。 そんな暴論を、圧倒的なリアリティとオールカラーの美しい景色で突きつけてくる、「人生の再起動ボタン」のような一冊だ。